幻の猫たち 改訂版

まぼろしの猫を慕いて

Masayuki Takayanagi New Direction Unit 『April is the cruellest month』

Masayuki Takayanagi 
New Direction Unit 
『April is the cruellest month』 


CD: JINYA DISC 
B-12 
2,680円(税込) 

 

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1. We have existed (10:21) 
2. What have we given? (6:43) 
3. My friend, blood shaking my heart (19:43) 
4. We have existed (Alternate Take) (10:06)* 

personell:
Masayuki Takayanagi (G) 
Kenji Mori (As, Fl, Bcl) 
Nobuyoshi Ino (B, Cello) 
Hiroshi Yamazaki (Perc

All Composition (Outer Frames and Forms) by Masayuki Takayanagi 
Recording Date: April 30th, May 11th, 1975 
Recording Place: Yamaha Music Foundation Studio (by courtesy Yutaka Anpo) 
Producer: Kunio Ohashi 
Recording Engineer: Kunio Arai 
Remixed Engineer: Yukio Kojima 
Cover Photo: Tatsuo Minami 
Front Cover Design: Tamotsu Kurosaki 
Additional Design: Akira Sasaki 
Release Director: Yasunori Saito 
Executive Producer: Masayuki Takayanagi 

CD remastering: Yoshiaki Kondo 

「◎表ジャケットはLP制作当時に日本からESPレーベル宛に送ったものを採用した。
◎CD化にともない「グラジュアリー・プロジェクション」のOut Takeを1曲追加した。」


◆解説(副島輝人、1975年)より◆ 

「高柳は、彼の長い音楽生活に基づく体験と理論から、二つの基本的なコンセプションを創り出した。彼は云う。「それは、静的なものと動的なもので、具体的には〈グラジュアリー・プロジェクション〉と〈マス・プロジェクション〉と呼ばれる形態をもつものです。この二つを、混合あるいは結合させれば、無限の可能性があります」。
 この方法論に従って、彼はグループのメンバーに、従来の音楽の枠組みや形式から脱却することを指示し、全員で完全即興のフリー・フォーム・ミュージックを演奏するのである。
 このアルバムのタイトルや曲名は、T. S. エリオットの有名な詩の中から取り上げて命名されている。
 1、2、4曲目は〈グラジュアリー・プロジェクション―漸次投射〉の方法による演奏である。この場合、力は内部でも表現される。密閉された空間内で、エネルギーは次第に蓄積されていき、全力を尽くして生み出される質量の密度が高まっていく。」
「3曲目は〈マス・プロジェクション〉の方法で、パワーが壮大な爆発を見せる。無限の宇宙空間で、そのエネルギーは、遠く広く突進していく。」


◆「制作ノート」(大橋邦雄、1991年)より◆ 

「それは1974年までさかのぼる。ESPのバーナード・ストールマンとの手紙のやり取りの課程で、その前年の1973年に行われた「インスピレーション&パワー」のオムニバス盤(トリオ・レコード)を送ったところ、ストールマンは日本のフリージャズに対し、非常な興味を示したのである。」
「そして1975年4月30日、恵比寿のヤマハ・スタジオでレコーディングが行われた。
 「グラジュアリー・プロジェクション」については順調に録音が進み、テークを選ぶにも頭を悩ますほどの出来だった。しかし、その疲れからか「マス・プロジェクション」については、どうしても納得のいく演奏が録音できなかった。スタジオや録音機材のレンタル料の問題もあったが、やはり「よりベストな録音を」ということで、もう1日を費やすことになった。こうして5月11日、「マス・プロジェクション」の録り直しが行われ、結果は満足のいくところとなった。
 トラックダウン、ジャケットデザインなどの作業をすべて終え、ESPに発送したのは1975年6月半ばのこと。後は、リリースを待つだけとなった。」
「その後、何回かの電話のやり取りで、発売はその年の晩秋(End of Fall)という返事を確認した。ESPのカタログにも、ESP-DISK 3023とクレジットされていた。誰しもが、これでリリース決定を確信していたのだが……、今日まで、このアルバムは日の目を見ていない。」


◆本CDについて◆ 

紙ジャケ(シングルジャケ)仕様。インサートに解説(副島輝人「This is New Direction」1975年6月記/大橋邦雄「制作ノート」1991年発売のCD〈APRIL-DISK/AP-1〉より再録)。

そういうわけで、アメリカのフリージャズ・レーベル「ESP」から出る予定だったものの、1975年にはESPはほとんど破産状態でお蔵入りになっていた、まさに「幻の名盤」が、16年後の1991年にCD(ボーナストラック入)としてようやく日の目を見、さらに16年後の2007年に紙ジャケ再発されたのが本CDでした。
メンバーは高柳昌行エレキギター)、森剣治(フルート、アルト、バスクラ)、井野信義 (ベース、チェロ)、山崎弘(パーカッション)、録音は1975年4月30日、5月11日、恵比寿・ヤマハ音楽振興会スタジオ。
#1は、繊細なパルスを繰り広げるパーカッションに嫋々たるフルート。それを狂暴に逆撫でするようなアルコベース。ギターは弦をこすったりひっかいたりしてモンスターの呻き声のような音を出して「グラジュアリー・プロジェクション」しています。
#2では、ガラスを砕くようなシンバルに、咆哮するバスクラ、吃音ベースと吃音ギターが「グラジュアリー・プロジェクション」しています。
#3では弦をボトルネック(?)でこすったりハウリングしたりするドスの効いたエレキベースと、情念を小刻みにナマス切りするファジーなワウギターが、付かず離れず「マス・プロジェクション」しています。ドラムもアルトもハードです。

アルバムタイトルはエリオットの長編詩『荒地』(The Waste Land)の第一行(「四月は残酷極まる月だ」西脇順三郎 訳)から取られていて、これはチョーサーのカンタベリー物語の冒頭に「Whan that Aprill with his shoures soote/The droghte of March hath perced to the roote,/And bathed every veyne in swich licour/Of which vertu engendred is the flour;」(時は四月。/夕立ちがやわらかにやってきて、三月ひでりの根本(ねもと)までしみとおってしまう。そのおしめりの精気で花が生まれて咲いてくる。」西脇順三郎 訳)とあるのを前提としていて、つまり四月は「春機発動」の季節ですが、若々しい中世のチョーサーならぬ荒地のような二十世紀の「Unreal City」(空虚の都市)に生きる不毛=不能のエリオットにとっては、春機発動をうながす四月は「残酷な月」に他ならないです。それは下ネタですが、その背景には「聖杯伝説」が控えていて……、これはCD紹介ブログなので文学談義はこのへんでやめますが、フリージャズミュージシャンというのは、荒地のような現代にあえて能力(ジャズの伝統的テクニック)を放棄したところからジャズの真の再生(神話的には一年というのは冬に死んで春に蘇る死と再生のサイクルです)を目指す聖杯探究者の謂ではないでしょうか。
それはそれとして、各曲タイトルは同詩の第五部「雷神の言葉」(V. What the Thunder Said)の一節、

「DA
*Datta*: what have we given?
My friend, blood shaking my heart
The awful daring of a moment’s surrender
Which an age of prudence can never retract
By this, and this only, we have existed」

「ダー
ダッダー、捧げよ。だが我々は何を捧げたのか? 
友よ、心を動揺させる血液を捧げよ。
一瞬の情欲にかられるあの恐ろしい冒険を
分別ある年頃の人でも慎めぬ情欲を。
このことによって、このことによってのみ我々は実存して来たのだ。」
西脇順三郎 訳)

から取られています。

ついでにいうと、デレク・ベイリーの1978年日本録音アルバム『New Sights, Old Sounds』のサイド2の各曲タイトルはバイロンの長編詩『ドン・ジュアン』から取られていて、偶然だと思いますが、二人の孤高のギター・インプロヴァイザーの精神の相似性(と相違性)のようなものが感じられて興味深いです。

★★★★★ 

 

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