幻の猫たち 改訂版

まぼろしの猫を慕いて

『Johannes Ockeghem: Missa Cuiusvis Toni』 Ensemble Musica Nova 

Johannes Ockeghem 
Missa Cuiusvis Toni 
Ensemble Musica Nova - Lucien Kandel 

オケゲム:いかなる旋法にもなるミサ曲
~4通りの解釈で~ 
リュシアン・カンデル指揮 
アンサンブル・ムジカ・ノーヴァ(中世声楽集団) 


CD: aeon 
AECD 0753 (2007) [2 CD] 
distribution: harmonia mundi 

株式会社 マーキュリー 
MAECD0753 [2枚組] 
4,300円(税込 4,515円) 

 


帯文:

「神秘的なる響きは、少しずつ色合いを変えてゆく――おどろくべき、その前衛技法!
未だ凌駕されえぬルネサンス屈指の意欲作、その真価を鮮烈なまでに示した、世界初の試み。」


帯裏文:

「時代は十五世紀、ヨーロッパの「知」が新しく生まれ変わろうとしていた頃。ロワール地方の古都トゥールで聖職に従事しながら、歴代のフランス王の信頼を受け、ヨーロッパ最大の音楽家として絶大な名声を誇った巨匠、オケゲム。当時極度なまでの発展をみせていた中世後期以来の作曲技法・歌唱技法に誰よりも通じていた彼の「いかなる旋法にもなるミサ曲」は、さまざまな旋法での解釈が可能で、そのたび響きの美質が全く異なってくる、驚くべき多面性を秘めた意欲作――しかしその解釈にさしいては、歌い手たちにも音楽理論への深い通暁が求められ、オケゲムが意図したとおりの再現など不可能とさえ言われていました。それをついに可能たらしめたのが、本盤のアンサンブル・ムジカ・ノーヴァ! この難曲を4通りの旋法で読み解き、静謐な教会堂に響きわたる美声の重なりで、その演奏効果の違いをみごと浮き彫りにします。英仏の専門誌から絶賛された傑作アルバム――じっくりお愉しみ下さい。」


Johannes Ockeghem (c. 1420-1497) 
ヨハンネス・オケゲム(1420頃~97) 
Missa Cuiusvis Toni 
『いかなる旋法にもなるミサ』 
Sources: "Biblioteca Apostolica Vaticana" Va 35. 
(使用典拠:ヴァティカン教皇庁図書館 写本 Va.35) 


CD 1  [54:55] 

Messe en *ré* 
『いかなる旋法にもなるミサ』正格第1旋法による演奏 
1. Kyrie  2:12 
2. Gloria  4:36 
3. Credo  7:52 
4. Sanctus  7:38 
5. Agnus Dei  4:22 

Messe en *fa* 
『いかなる旋法にもなるミサ』正格第3旋法による演奏 
6. Kyrie  3:28 
7. Gloria  4:36 
8. Credo  8:03 
9. Sanctus  7:42 
10. Agnus Dei  4:21 


CD 2  [60:11] 

Messe en *mi* 
『いかなる旋法にもなるミサ』正格第2旋法による演奏 
1. Kyrie  2:06 
2. Gloria  4:33 
3. Credo  7:54 
4. Sanctus  7:37 
5. Agnus Dei  4:15 

Messe en *sol* 
『いかなる旋法にもなるミサ』正格第4旋法による演奏 
6. Kyrie  2;06 
7. Gloria  4:29 
8. Credo  7:42 
9. Sanctus  7:41 
10. Agnus Dei  4:20 

Intemerata 
11. *Intermerata Dei mater*  7:21 
モテトゥス「神の、汚されえぬ母」 


Ensemble Musica Nova 
アンサンブル・ムジカ・ノーヴァ(中世声楽集団) 
Cantus: Christel Boiron, Marie Claude Vallin. 
カントゥス(高音部) クリステル・ボワロン、マリー・クロード・ヴァラン 
Contraténors: Lucien Kandel, Xavier Olagne. 
コントルテノル(対抗声部) リュシアン・カンデル、グザヴィエ・オラーニュ 
Ténors: Jérémie Couleau, Thierry Peteau. 
テノル(主声部) ジェレミー・クロー、ティアリー・ペトー 
Bassus: Marc Busnel, Guillaume Olry. 
バスス(低音部) マルク・ビュネル、ギヨーム・オルリー 
Direction: Lucien Kandel 
総指揮:リュシアン・カンデル 


Direction artistique / artistic supervision: Blaise Favre, Gérard Geay. 
監修:ジェラール・ジェー 
Prise de son / Sound recording, montage / editing: Blaise Favre. 
録音・編集:ブレーズ・ファヴル 
Enregistrement / Recording: 23-27/04/2007, Église Saint-Jean de Néel, Mornant (Rhône). 
録音:2007年4月23~27日、モルナン(フランス南東部ローヌ地方)、サン=ジャン・ド・ネール教会 
Photo: Dolorès Marat. 


◆ジェラール・ジェーによる解説(訳:白沢達生)より◆

「まず、曲名にもある「旋法」とは何なのだろう。
 15世紀という時代には、いまの音楽で普通に使われているような、ドレミファソラシの七音名にシャープやフラットといった臨時記号を使う1オクターヴ12半音の音階システムはまだ、存在していなかった。そのかわり、それぞれ独自の音符の配列からなる8種類の音階――「旋法」という――が存在していた。それらの旋法は「これで一区切り」という感じになる音(終止音)がそれぞれ異なっており、それは正格第1旋法ではD(レ)で、正格第2旋法ではE(ミ)で、正格第3旋法ではF(ファ)で、正格第4旋法ではG(ソ)と定まっていた。これら4種の終止音は、すべて現在でいうハ長調音階に出てくる臨時記号なしの音符(大雑把に言えば、ピアノの鍵盤上の「白鍵」)である。その上に音が重ねられ、旋法音階が作られる――かんたんに図示してみよう:

正格第4旋法 G a b/c d e/f g 
正格第3旋法 F G a b/c d e/f 
正格第2旋法 E/F G a b/c d e 
正格第1旋法 D E/F G a b/c d 
(※音の「絶対的な高さ」は、古くはABCで表記されていました。当時はまだ「シ=B」にあたる音の名前が確定していませんでしたが、ここでは便宜上「b」と表記しています。
 また音階上、次の音との間隔が全音ではなく半音となる箇所を“/”で示しました) 

 このとおり、臨時記号なしに旋法音階を作ると、半音の関係になる音程の位置はかなりばらばらになる。その結果、正格第1旋法と正格第2旋法では第Ⅰ音と第Ⅲ音の間隔が短三度、正格第3旋法と正格第4旋法では長三度の関係になる。つまり、前者は現代の音階における短調音階、後者は長調音階に似た感じになっているのだ。

 そうしたことを可能にするため、オケゲムは局面に応じ、特定の音を半音下げて「やわらかい」音にすることで、可能性を押し広げてみせた。この「半音下げる」という技法は、もともと中世において、我慢ならない不快な響きを避けるために編み出されたものだった――ファとシ(♭なし)が同時に響くときに生じる独特の和声がとくに忌み嫌われ、トリトヌス(三全音)ないし「音楽の悪魔 Diabolus in Musica」などと呼ばれて避けられていたのである。では、上にみた四つの旋法音階において、適宜「b」の音を半音下げたら、どうなるだろう?

正格第4旋法 G a b/c d e/f g 
正格第3旋法 F G a/b c d e/f 
正格第2旋法 E/F G a b/c d e 
正格第1旋法 D E/F G a/b c d 
(第Ⅰ音 Ⅱ音 Ⅲ音 Ⅳ音 Ⅴ音 Ⅵ音 Ⅶ音 終止音)

 こうするだけで、半音間隔の音程のある場所にかなり共通性を持たせることができる。第1と第2の旋法では第Ⅴ音と第Ⅵ音のあいだに、第3と第4の旋法では第Ⅲ音と第Ⅳ音のあいだに、それぞれ半音間隔が共通して存在するかたちになる。あとは、もう1箇所の半音間隔を少し移動させてやるだけで、歌い手たちは旋法を変えることができる。
 『いかなる旋法にもなるミサ』の楽譜では、現代式のト音記号やハ音記号のかわりに、終止音の位置を示す記号が置かれている。歌い手はその高さの音を終止音と理解し、そこに四つの終止音のどれかをあてて旋法を決定、それに従って、楽譜上のどの高さの箇所が半音間隔になるのかがわかる…という仕組みなのである。」


◆アンサンブル・ムジカ・ノーヴァによる解説(訳:白沢達生)より◆

「今回の『いかなる旋法にもなるミサ』の録音は、幾通りの旋法でも解釈可能なこのミサ曲を、世界で初めて、そのとおり4通りに歌ってみせるという企画である。」
「いずれにせよ、その演奏結果とて「決定的解釈」というには程遠いだろうし、何しろ作品成立から5世紀もの時代をへた人間がこれを解釈するとなれば、以下の3点での選択結果が、ひとえに今回の演奏者たる私たち自身の責任によるものであることも、改めてお断りしておきたい:
 ・(中略)ラテン語歌詞の発音。ティアリー・ペトー(アンサンブル・ムジカ・ノーヴァのテノール歌手)の研究にもとづき、15世紀当時の習慣をかんがみるかたちで、フランス語風に発音することにした。
 ・歌詞の音節ひとつひとつを、どの音符に乗せるか。この点はマルク・ビュネル(同、バス歌手)が研究の末に出した案にもとづいている(残された楽譜資料の上では、歌詞の位置はしばしばきわめて曖昧・不明瞭なのである)。
 ・どの旋法による演奏解釈も、すべて同じレの音で開始したこと。こうすることによって、各演奏結果がすべて同じ条件で開始され、お聴きいただく方々に各旋法のあり方をよく示せるように。

最後に、私たちはモテトゥス「神の、汚しえぬ母」を、そのオリジナルの形どおりに歌い、このアルバムの締めくくりとした。曲を構成する五つの声部が、みなかなり低い音域で歌われる(とくに、バス声部)作品である。」


◆本CDについて◆

輸入盤国内仕様。三面デジパック。ブックレット(全24頁)にトラックリスト&クレジット、Gérard GeayとMusica Novaによる解説(仏語原文&英訳)、「Johannes Ockeghem」(作曲者について/仏・英)、「Ensemble Musica Nova」(演奏者について/仏・英)、歌詞(ラテン語原文&仏・英訳)、カラー図版2点、モノクロ図版2点。投げ込み(巻き三つ折りクロス二つ折り)に邦文トラックリスト&クレジット、ジェラール・ジェーとアンサンブル・ムジカ・ノヴァによる解説(訳・補:白沢達生/Mercury)、「演奏者紹介」、「歌詞訳」。

解説をよむと何かとてもむずかしそうですが、歌唱自体はたいへん心地よいです。こういう試みは耳の勉強にもなるのでありがたいです。

★★★★★