幻の猫たち 改訂版

まぼろしの猫を慕いて

Anthony Phillips "The Geese & The Ghost" (1977)

Anthony Phillips

"The Geese & The Ghost"

(1977)



ジェネシスの初代ギタリスト、アンソニー・フィリップスが、現役ジェネシスマイク・ラザフォードと共に、フィル・コリンズも入れてレコードを制作するアイディアは、ジェネシスのアルバム「月影の騎士」の準備中の1973年からあったということで、とりあえずシングル曲として、アンソニーとマイクが1969年に書いた、ジェネシスの二代目ドラマーだったジョン・シルヴァー(John Silver)に捧げた曲「Silver Song」のレコーディングが、ジェネシスのツアーの合間をぬって行なわれたが、結局それはオクラ入りになり陽の目を見ることはなかった。しかしながら、アンソニーとマイク、そしてフィルの共同作業は、アンソニーのソロ・アルバム「ギース・アンド・ザ・ゴースト」として結実したわけだ。
そして Voiceprint から出た二枚組CDでは、その「Silver Song」もボーナス・トラックとしてディスク2に収録されているので、きくことができる。

ソロ第二作「Wise After the Event」では、全曲で味のあるヴォーカルを披露することになるアンソニー・フィリップスだが、本作では歌は一曲だけ(「Collections」)で、他の曲(「Which Way the Wind Blows」「God if I Saw Her Now」)ではフィル・コリンズが歌っている。

アコースティック・ギターがメインの古楽志向のプログレ・フォークである本作は、ルネッサンス期の英国を時代背景に、愛と戦争の物語が繰り広げられていているが、随所に現代的な感覚も取り入れられている。そして一見、現実逃避的とも受け取られかねない本作の物語の根っこには、強い現実批判があるように思う。
思想史家のフランセス・イエイツはルネッサンスの魔術思想(ヘルメス的カバラ主義)に近代科学の起源を見たが、「魔術」がつねに白魔術と黒魔術の側面を持つように、科学もまた地上的な欲望と結びつけば、黒いものとならざるをえない。イタリア・ルネッサンスの詩人アリオストは、火薬と大砲の発明を人類を滅ぼす悪魔の発明として批判し(「狂えるオルランド」)、ロシアの思想家ベルジャーエフは、未来のために過去と現在(歴史的なもの)を破壊し犠牲にしてもかまわないとする進歩主義を、ルネッサンス的人間中心主義の帰結とみなし「ルネッサンスの終焉」と呼んで批判した。アンソニー・フィリップスが本作の時代設定を、中世ではなくルネッサンスにおいたのも、そのような意図からであろうと思われる。

「「愛するなんて馬鹿のすることだ」と
目の見えない老人が口癖のように言っていた
だが彼は折にふれて、愛することの喜びを語った
そういう時の彼は、大事なものが見えている人のようだった

「人生は強者のためにある」と
かつて遍歴僧が僕に言った
弱者については、彼は決して語らなかった
彼の耳は弱者の嘆き声であふれていたのに

僕は銃を手に立っていた
ツバメが恋人の元へと飛んでいった
恋人の元に辿り着いたツバメを僕は撃ち落とした
だが飛べなくなったのはツバメではなくて僕なのだ」

アンソニー・フィリップス「Collections」より、拙訳)

本作のレコーディングは1974年から始められていたものの、リリースされたのは1977年で、その間にキャメルの名盤「スノー・グース The Snow Goose」(1975年。ポール・ギャリコの小説「白雁」に基いたインスト・アルバム)が出てしまったので、「グース」つながりで(「ギース Geese」は「グース Goose」の複数形)なんとなく二番煎じみたいになってしまったのは否めない。もっとも、本作と同様の方向性を持ったロック作品としては、すでに、キング・クリムゾンがイエスのジョン・アンダーソンをヴォーカルに迎えた1970年の「リザード組曲があるわけだし、あのアルバムに収録されていたゴードン・ハスケルが歌ったフォーク曲「水の精 Lady of the Dancing Water」は、本作のムードにとても近いものだ。そういえば「リザード」のジャケットを担当した Gini Barris の作風も、やや稚拙感はあるものの、本作のイラストレーター Peter Cross と傾向的に近い(Gini Barris のイラストはフォーク歌手ジュリー・フェリックス Julie Felix のアルバム「Clotho's Web」(1972年)の中ジャケにも使用されています)。

そうこうしているうちにパンク台頭の時代になってしまい、レコード会社もそっちに力を入れていたようで、英国での本作のリリースは難航したようだ。しかしながら、本作はリアルタイムで日本盤もリリースされて、そこそこ売れたはずだし、なによりたいへんすばらしい名盤なので、出しておいてよかったというものだ。二枚組CDライナーノーツによれば、ジェネシスのファンだった女優のロザンナ・アークエットも本作を愛聴していたそうです。

ジャケットのイラストを担当しているピーター・クロスとは、本作をきっかけに出会ったようだ。アンソニー・フィリップスのアルバムの魅力の半分くらいはピーター・クロスの細密で美しいイラストレーションにあるので、めでたいことである。クロスのイラストには細部に楽しい発見があるので、機会があればアナログ盤の大きいサイズのジャケットで鑑賞して欲しいところです。

アンソニー・フィリップスのサイト内のピーター・クロスのページ:
http://www.anthonyphillips.co.uk/associates/pc.htm


Anthony Phillips - The Geese & The Ghost

CD ONE

1. Wind - Tales (Phillips) 1:02
2. Which Way The Wind Blows (Phillips) 5:15
3. Henry: Portraits from Tudor Times (Phillips-Rutherford) 14:02
(i) Fanfare 1:03
(ii) Lutes' Chorus 1:37
(iii) Misty Battlements 2:22
(iv) Lutes' Chorus Reprise 0:52
(v) Henry Goes to War 4:02
(vii) Death of a Knight 2:10
4. God if I Saw Her Now (Phillips) 4:09
5. Chinese Mushroom Cloud (Phillips-Rutherford) 0:46
6. The Geese and the Ghost (Phillips-Rutherford) 15:40
Part i 8:01
Part ii 7:39
7. Collections (Phillips) 3:07
8. Sleepfall: The Geese Fly West (Phillips) 4:33

CD TWO

1. Master of Time (demo) (Phillips) 7:37
2. Title Inspiration (Phillips-Rutherford) 0:31
3. The Geese and the Ghost - Part One (basic track) (Phillips-Rutherford) 7:46
4. Collections link (Phillips) 0:39
5. Which Way the WInd Blows (basic track) (Phillips) 6:25
6. Silver Song (basic track) (Phillps-Rutherford) 4:22
7. Henry: Portraits From Tudor Times (basic track) (Phillips-Rutherford) 5:37
(i) Fanfare
(ii) Lute's Chorus
(iii) Lute's Chorus Reprise
(iv) Misty Battlemetns
8. Collections (demo) (Phillips) 4:14
9. The Geese & The Ghost - Part Two (basic track) (Phillips-Rutherford) 7:30
10. God If I Saw Her Now (basic track) (Phillips) 4:15
11. Sleepfall (basic track) (Phillips) 4:22
12. Silver Song (unreleased single version, 1973) (Phillips-Rutherdord) 4:14

Anthony Phillips: acoustic 12 string guitar, 6 string, classical gutiar, electric 6 and 12 string guitars, basses, dulcimer guitar, bazouki, synthesizers, mellotron, harmonium, piano, organ, celeste, pin piano, drums, glockenspeil, timbales, bells and chimes, gong, vocal on "Collections"
Michael Rutherford: acoustic 12 string, 6 string, classical guitars, electric 6 and 12 string guitars, basses, organ, drums, timbales, glockenspeil, cymbals, bells
Phil Collins: vocals on "Which Way the Wind Blows" and "God if I Saw Her Now"
Rob Phillips: oboes (#6, 8)
Lazo Momulovich: oboes, cor Anglais (#3, 6)
John Hackett: flutes (#4, 7, 8)
Wil Sleath: flute, baroque flute, recorders, piccolo (#3)
Jack Lancaster: flutes, lyricon (#8)
Charlie Martin: cello (#5, 6)
Kirk Trevor: cello (#5, 6)
Nick Hayley + friend: violins (#6)
Martin Westlake: timpani (#3, 5, 6)
Tom Newman: hecklephone and bulk eraser (#9)
Viv McCauliffe: vocals on "God if I Saw Her Now"
Send Barns Orchestra and Barge Rabble conducted by Jeremy Gilbert
Ralph Bernascone: soloist

Recorded at Send Barns Studios, Argonaut Galleries

Original album produced and engineered by Simon Heyworth, Michael Rutherford and Anthony Phillips
Re-issue collated and compiled by Anthony Phillips and Jonathan Dann
Bonus material mixed by Jonathan Dann
Original remix and completion at Trident and Olympic Studios, (Engineer Anton Matthews)
Re-issue re-mastered by Simon Heyworth at Super Audio Mastering, Chagford, Devon

Cover design by Peter Cross

LP: Passport (US) and Hit & Run (UK) (1977)
CD: Voiceprint VP432CD (2008)


ANTHONY PHILLIPS - The Geese and The Ghost - 1977