『Erik Satie: Vexations』
Alan Marks
CD: The Decca Record Company Limtied, London
425 221-2 [D|NL] (1990)
Printed in W. Germany / Made in W. Germany
Erik Satie 1866-1925
Vexations
Total timing 69:40
Alan Marks, piano
Production: Thomas Wilbrandt
Engineer: Siegbert Ernst
Recorded at Siemens Villa, Berlin, September 1987
Cover: Christiane Draffehn
◆本CD解説(Alan Marks)より(大意)◆
「ヴェクサシオン」は楽譜ではたった三行しかないが、演奏すると一昼夜かかる。
サティの指示はこうだ:
「このモチーフを840回繰り返して連続演奏するために、あらかじめ完全な沈黙と不動によって心の準備をしておかねばならない。」
作品の唯一の主題が低音で演奏される。それは18の音から成っており、13拍の長さで、拍子記号はなく、「変イ」と「嬰ト」以外の全ての音が使われていて、「中央ハ」のあたりを上下し、和声はあいまいである。
主題はさらにその上に二つの声部が加わって繰り返され、さらに低音部のみで繰り返され、再び二つの声部が加わって繰り返される。
以上が一回分である。
テンポはたいへん遅い。
指示通りに演奏すれば21枚組CDになるだろう。本CDに収められているのは40回分であり、イントロ部分にすぎない。
ジョン・ケージが1963年9月にニューヨークで「ヴェクサシオン」初演を企画し、大勢のピアニストが交代で演奏して18時間40分かかった。その後も繰り返し演奏されているものの、一人のピアニストによって完奏されたことはない。演奏はたいてい24時間がかりである。
「ヴェクサシオン」は独自の時間帯を創出する。それは絶え間ない繰り返しによるメディテーションであり、マントラであり、内的知覚(hallucination)である。円環的、シーシュポス的な、音楽によるメビウスの帯であり、自己完結した言語であり、「永遠」に向かって加速度的に広がってゆく。
◆本CDについて◆
アラン・マークスによるエリック・サティ「ヴェクサシオン」短縮版。
ブックレット(全8頁)にAlan Marksによるプログラムノート(英語原文/仏・独訳)、「Compact Disc Digital Audio System」説明文(独・英・仏・伊)。
「ヴェクサシオン」は訳せば「嫌がらせ」ですが、ある意味ではこれほど豊かな音楽体験は滅多にないといってよいです。地球温暖化が進み、ソーシャル・ディスタンスの重要性が認識されるようになった今、それでも世間にはびこる「前向き」「成長」「進歩」「発展」といった言葉が大好きなスクラップアンドビルドな上昇志向の人々に対して「嫌がらせ」をすることも、ある意味では必要なのではないでしょうか。ブルース・チャトウィン(『ソングライン』)は「これからの世界を生き延びるためには人類は禁欲的(ascetic)にならねばならない」と言いました。禁欲的とは自分が本来持っているもの(内面的自己充足的な「永遠」)で満足し、社会的経済的な「成長」「発展」を望まない、ということです。
無人島に持っていきたいので、いつの日かフルヴァージョンのボックスセットが出るとよいです。
★★★★★
Erik Satie - Vexations - Klavierkonzert auf dem Berliner Grenzstreifen 1990