幻の猫たち 改訂版

まぼろしの猫を慕いて

Esther Lamandier 『Romances Séfarades et Chants Araméens』

Esther Lamandier 『Romances Séfarades et Chants Araméens』
エステル・ラマンディエ 『セファルディーのロマンス』


CD: Alienor
AL 1012 (1985)
Distribution: Harmonia Mundi France
発売元: 株式会社 キングインターナショナル
KKCC-49 (1993)

 

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1.La Rosa enflorece バラが花ひらく 2:20
2.Yo m'enamori わたしは恋をした 3:07
3.La madre de la novia 花嫁の母 2:06
4.Hija mia いとしい娘よ 3:17
5.Una caza chica 小さな家に 1:05
6.Puncha Puncha プンチャ・プンチャ 4:10
7.Y una madre とある母親が 4:44

8.Durme mi angelico おやすみ、わたしの天使 4:13
9.Noches buenas あたら夜 5:31
10.El Conde nino ニーニョ伯爵 3:20
11.El villano vil いやしい村男 2:59
12.La sirena 人魚(海の精) 2:32
13.Gerineldo ジェリネルド 3:34
14.David y Absalon ダビデとアブサロム 4:42
15.Morenica sos お前は小麦色の娘 4:39

Chants araméens 〈アラム人の歌〉:
16.Ithyo 車の上にお坐りの御方 2:54
17.Ilono おお、美しい樹よ 3:04
18.Ak Egartho 王の令書のように 4:04

durée: 63:50


Esther Lamandier: chant, harpe, orgue, épinette et vièle

Enregistrements: 1 à 7: 1982 analogique (21'20) - 8 à 18: 1984 numerique (42:30)


◆本CD別冊解説(濱田滋郎)より◆

「このCDに収められたはじめの14の歌は“セファルディー”すなわちスペイン系ユダヤ人の古謡である。コロンブスが大西洋を横切り初めてアメリカ大陸に着いたのは1492年。この同じ年にスペイン本土では、イサベル=フェルナンド両君主によるこの国の政治的・宗教的統一が成しとげられていた。スペイン南部の一画から、それまで800年間もこの地にとどまっていたイスラム教徒のムーア(モーロ)人たちがついに放逐されたのである。これを機会に宗教的国家の基盤をよりいっそう堅固なものとするため、名だたる“カトリック両君主(イサベルとフェルナンド)”は、ユダヤ教を奉ずるヘブライ系の人びとも同時に追放する措置をとった。彼ら、すなわちユダヤ人たちは古代このかたイベリア半島にもたくさん住みついていた。たとえば、かつてはスペインの首都だった中央スペインの主要な町、トレドを建てたのはユダヤ人だと言われる。(中略)彼らは自分たち独自の宗教を守り、ユダヤ教会(シナゴーク)を各地に建てて、それにつきものの聖歌をうたっていた。一方では世俗的な歌にも彼ら独特のものを持ち、すぐれた詩人や作曲家を出すこともあった。」
「しかし、15世紀末に定められた厳しい法令は、キリスト教カトリック)への改宗がないかぎり、いかなるユダヤ教徒も半島内にとどまってはならぬというものであった。やむなく、この時、大勢のユダヤ人たちが長年住みなれたスペインを去って行かねばならなかった――ある者たちはアフリカ北岸の町々へ、ある者たちはバルカン半島ギリシャ、トルコ、あるいは中近東の国ぐにへ。またある者たちは、中欧や北欧の、ユダヤ人の居住が許された国ぐにへ。」
「こうして文字どおり“石をもて逐われた”ユダヤ人たちは、しかし、新しい落ち着き先に集落を作って住みながら、彼らがイベリアで長いこと親しんだ風俗習慣、そして伝承の詩と歌とを、大切に守りつづけたのである。彼らのあいだへ出かけていったスペインの学者たちは、深く驚かねばならなかった。そこで話されている言葉が、それぞれの土地の語彙をいくらか加えたものではあれ、ルネサンス初期頃のスペイン語にほかならなかったからである。そして、歌われる民謡にもまた、古いスペインの色が、はっきりと残されていた。ここでもそれぞれの土地の音楽から受けた影響はあるものの、大筋から言うなら、それらはあくまでイベリア的な旋法、節回しにもとづいた歌だったのである。」
「歌の種類からすると[1][2][4][5][6][9][15]などは、歌詞、曲調ともさまざまながら、いずれも恋の歌である。同じく中で恋を扱ってはいるものの、[10][11][13][14]などは、イベリア半島の古く由緒ある物語り歌〈ロマンセ〉の系統を引く歌たちで、文学史的にも、民俗学的にも貴重な資料をなしていると言えよう。(中略)[12]もロマンセに類したもので、スペインというより、全ヨーロッパ的な古い伝承を踏まえている。[8]は子守歌(中略)。[3]は婚礼の歌(中略)、むしろあどけないほど綺麗な旋律でありながら、おそろしい題材を扱っているのが[7]である。」
「[16]~[18]の3曲については、セファルディーの歌の数々とはまた系統の違う、アラム人たちの民謡であることを記しておく必要がある。アラム人とはイラク国内、ユーフラテス河の右岸一帯(メソポタミア)に遊牧の暮らしを送るセム族(ユダヤ系)の人びとのことで、これら三つの歌は、いずれも彼ら独自の方言により歌われている。」

 

◆本CDについて◆

別冊解説書(日本語)付き輸入盤CD。
ブックレット(全12頁)に解説および演奏者紹介(仏・英・独語)、歌詞とそのフランス語訳。
別冊解説書(全10頁)に解説(濱田滋郎)と訳詞(濱田滋郎)。
#1~7はLP『Romances』(Aliénor AL 10、1982年)からの抜粋、#8~15はLP『Romances II et Chants Araméens』(Aliénor AL 12、1984年)全曲。
LP『Romances』は『愛と哀しみのロマンス』としてビクターから日本盤がリリースされていました。

エステル・ラマンディエは古楽器を演奏しながら歌う人で、中世音楽研究家です。1980年にLP『Decameron』で話題になりました。

前回紹介した「アラブ・アンダルスの歌」は、レコンキスタでスペインを追われたイスラム教徒たちが伝承した歌でしたが、同時にスペインを追われたユダヤ教徒たちが伝承した歌がこの「セファルディーのロマンス」です。歌は過去の貯蔵庫であり、人々は過去の栄光を振り返り過去を懐かしむことによって現在の悲惨を耐えることができる、そういうことだと思います。

★★★★☆

 

Hija mia

youtu.be

 

Y una madre

youtu.be


本CD別冊解説書所収の訳詞(濱田滋郎)より:

「とある母親が 可愛い息子を焼いて食べた
「見て母さん、ぼくの目を
  戒律の本もたくさん読んだ目を
ぼくを焼いて食べないで
  あなたの可愛い息子を」

「見て母さん、ぼくの額(ひたい)を
  テフィリン*を巻いた額を……」

「見て母さん、ぼくの口を
  戒律の句もたくさん唱えた口を……

*聖書の句を書きつけた革帯、ユダヤ人が祈るとき額または左手に巻く。」

 

 

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