幻の猫たち 改訂版

まぼろしの猫を慕いて

『Musique Arabo-Andalouse』 Atrium Musicae de Madrid/Gregorio Paniagua

『Musique Arabo-Andalouse』
Atrium Musicae de Madrid/Gregorio Paniagua 


CD: Harmonia Mundi France
HMC 90389
発売元: 株式会社 ANFコーポレイション
ANF-2081HMA (1990)

 

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1.インシャード~インシラフ INSHAD - Rasd Ad-Dali / INSIRAF - Darj - Raml Al-Mâya 3:55
2.トゥシア~サナア TOUCHIA - Al-Istihlal / SANA'A - Qaim Ua Nisf 1 - Garibach Al-Hossain 3:30
3.(クッダム ラスト) Quddam - Rast 3:24
4.サナア SANA'A - Al-Basit - Garibach Al-Hossain 3:19
5.ムサッダル~サナア M'SADDAR - Sikah / SANA'A - Darj - Al-M'sarki 2:20
6.(ブタイヒー アッザイダン)~ムサッダル B'tayhi - Az'zaidan / M'SADDAR - Az'zaidan 4:19
7.ムシャルヤ~サナア M'SHALYA - Garibach Al-Hossain / SANA'A - Darj - Garibach Al-Hossain 2:20
8.トゥシア TOUCHIA - Al-M'sarki 1:44
9.サナア~ムサッダル SANA'A - Al-Isbihan / M'SADDAR - Raml 1:25
10.サナア SANA'A - Qaim Ua Nisf - Al-Isbihan 1:46
11.タクシーム~(アル=ファーハティ ヒジャース) TAQSIM - Hijaz / Al-Fahti - Hijaz 2:33
12.ムシャルヤ~トゥシア M'SHALYA - Rasd Ad-Dail / TOUCHIA - Al-Basit - Rasd Ad-Dali 2:19
13.サナア~タクシーム~サナア SANA'A - Al-B'tayhi - Rasd Ad-Dail / TAQSIM - Hâsin Sabâ 3:55
14.タクシーム~ムアッサ~サナア TAQSIM - Rasd / MUAS-SA - Qaim Ua Nisf - Al-Mayâ / SANA'A - Darj - Al-Mayâ 4:26


Atrium Musicae de Madrid
Compilation, Réalisation et Direction: Georgio Paniagua

Georgie Paniagua: kamanjeh, rabab, 'ud, djouwak ou chebeb, quitra, qitar, zamar
Eduardo Paniagua: rabab, nay, darabukka, surnay, hella, daff, quanun, tarrija, shanin gussaba, arghul, mizmar, nuqqeyrat, tar
Christina Ubeda: jalalil, tar, qanun, nay, santur, tarrenas, clicquettes, qaraqeb, jank, zil, d'znoutch, gsbah
Pablo Cano: rabab, al-urgana, tar, qanun
Beatriz Amo: tar jalalil, d'znoutch, sinj, al-urgana, mi'zaf, bandayr, al-buzuq, castagnettes andalouses, qanun, gsbah, ghaita, bordun
Luis Paniagua: tambur, darabukka, 'ud, zil, rebab, d'znoutch, tabl
Carlos Paniagua: rabab, darabukka, tarrija, surnay, tar, nay, santur, peigne en bois

Enregistrement Eglise de Palaja, Octobre 1976
Prise de son et montage: Alberto Paulin
Illustration: Reproduction avec l'autorisation de la British Library, Additional Ms. 11695 f. 86
Maquette Relations


◆本CD別冊解説(濱田滋郎)より◆

「よく知られるように、スペインという国は、今日もその文化・風俗に、他の西欧諸国とはひと味違ったもの――消しようのない東方の色をとどめている。かつて8世紀から15世紀の末に至るまで、数世紀にもわたって、イスラム系の血と文化はスペインの地に浸透した。西暦711年にジブラルタル海峡を渡って攻めこんだイスラム教徒――いわゆるサラセン帝国の人びと――は、またたく間にイベリア半島のほぼ全土を支配してしまった。その後、徐々にキリスト教徒の巻き返しが力を得、12世紀の初め頃には、イスラム教徒の支配する地域は半島のほぼ半分になっていた。さらに13世紀になると、キリスト教徒の国土再征服がいちじるしく進められ、半島南部の主要都市であるコルドババレンシアムルシア、セビーリャ、カディスなどが次つぎと彼らの手中に取り戻された。わずかに、アンダルシア(南スペイン)の東部に陣取るグラナダ王国のみが、イスラム教徒の最後の砦として、その後なお200余年、1492年に至るまで、かつての栄華の名残り花を守り続けたのである。」
イスラム・スペインは後世に名を残すほどの音楽家――作曲家、歌手、楽器の奏者、あるいは理論家――たちを幾人も生んでいる。その中で代表的な一人を挙げるなら、9世紀の人、シルヤブ(Ziryab)[一般的にはジルヤブないしズィルヤーブだが、ここではスペイン風の呼び方をとっておく]であろう。彼の生まれはペルシャで、本名をアブ・ル・ハサン・アリ・イブン・ナフィといったが、その美声と浅黒い肌色から、〈黒い鳥〉を意味するさきの通り名で知られていた。西暦822年にコルドバのカリフ(教主)のもとへやってきたとき、33歳の彼はすでに偉大な音楽家と呼ばれていた。以後、857年に68歳で世を去るまで、シルヤブがこの地に及ぼした影響は甚大なものがあった。彼は単なる歌い手ではなく、あらゆる学問にすぐれ、洗練された趣味を身につけた宮廷人の見本であったという。彼は“楽器の王”リュートをひきながら、おびただしい自作の歌をうたった。(中略)シルヤブのリュートは、それまでイスラム社会に一般的だった4弦のそれに、もう1弦を加えた特別製であった。そして、シルヤブの音楽は、スペインに住むようになってのち、若い頃東方で作り上げたものとは微妙に異なる、アンダルシア固有の風味を帯びはじめたと当時の記録は伝えている。遠く古代からアンダルシアは歌と踊りによって名高い地方であり、(中略)シルヤブをはじめイスラム・スペインの音楽家たちが、アラブ圏からもたらしたものにアンダルシアの土地生えぬきの要素を溶けこませ、東方のそれとは違った、ひとつの新しい流派を打ち立てたことにも不思議はなかった。
 このCDに私たちが聴くのは、偉大なシルヤブのほか9世紀頃の音楽家たちによってイスラム・スペインに生み出され、その後12~3世紀頃までにある定型を確立するようになった、〈アラブ=アンダルシアの音楽〉の輪郭である。それは確かに東方系の要素を強く持った音楽であるが、また一方、アラビアをはじめ中近東の音楽と同じものではなく、イスラム教徒にとっての新天地アンダルシアで独自の発展を遂げた様子が歴然としている。〈アラブ=アンダルシアの音楽〉において最も大切なものと考えられた形式は〈ヌバ nuba, nouba〉である。語義から言えば“順番”のことだが、これは近世ヨーロッパ、とくにバロック時代にさかんに行われた〈組曲〉と似たものである。すなわちリズムの異なる、ただし同一の旋法をとるということで結び合わされた幾つかの――現在に伝わる形では5つの――“楽章”からなる楽曲が〈ヌバ〉と呼ばれ、王侯貴族や金持の館で、高尚な、格調高いものとして鑑賞された。(中略)〈ヌバ〉はしかし、本質的には歌の曲――当CDでもっぱらそうされているように器楽演奏のこともあったが――である点、西欧のバロック組曲とは違っていた。それぞれ異なるリズム型をそなえた数楽章の前に自由リズムによる前奏曲がつく、という点もバロック組曲と似ているが、ほかに各楽章の間のつなぎとして、間奏曲がひんぱんに挿まれたなど、相違点もまた少なくない。
 この〈ヌバ〉は、記譜されることがなく、まったくの伝承によって、世代から世代へと受け継がれていたものである。――と書くと、読者は不審に思われよう。15世紀の末、イベリア半島からイスラム教徒が一掃され、たとえ残党があったとしても厳しくキリスト教への改宗を迫られたような中で、どうしてその音楽の伝統が今日まで生き永らえ得たのか、と。一言で言うなら、その伝統はアンダルシアの地ではなく、イスラム教徒がやむなくスペインを出て落ちのびて行った先、北アフリカのモロッコアルジェリアの一部にとどめられていたのである。たとえばチュニスにはバレンシアから、アルジェにはコルドバから、フェズにはセビーリャから、テトゥアンにはグラナダから……といったように、北アフリカの幾つかの都市には南スペインから出た“落人”たちの子孫が住みつき、大切な財産である〈アンダルシアの音楽〉を、幾世紀をこめて守り伝えて来たのである。
 中世の〈ヌバ〉は1日24時間に合わせて24通りあったと言われるが、今日に伝わるのはそのうちの11通りのみで、あとは若干の断片に過ぎない。この古い音楽が現在まで伝わったのには、18世紀の音楽家モハメッド・ベン・アル=ハイク(Mohammed ben Al-Haik)の果たした役割がきわめて大きい。〈ヌバ〉中興の祖というべき彼は、すでに廃れつつあった伝承を集めて整理し、歌詞や演唱法を書きとめて、これが失われることのないように力を尽くした。中世後期から近世にかけてイスラム社会に大きく投げかけられたトルコからの影響も、モロッコまではさして届かず、古い伝統の保持を妨げなかった。
 こんにちのモロッコアルジェリアの〈ヌバ〉演奏(演唱)者たちは、ラバーブ(胡弓風の2弦ヴァイオリン)、タル(タンバリン)、ウード(リュート)、ダラブッカ(水がめ状の一面太鼓)といった伝統的な楽器のほか、ヨーロッパ人からの“借り物”であるヴァイオリン、ヴィオラを演奏に取り入れている。これらは然るべき古楽器の“代用品”としてアンサンブルの中に定着しているのであり、膝の上に立ててひくという奏法から見ても、すでに西洋のものではなくなっている。」
「たしかに冷静な判断に立てば、今日北アフリカに伝わる〈アンダルシアの音楽〉が、13世紀に行われたそれと“そっくり、まったく同じ”であるはずはない。だが、その主要なエッセンス――楽曲の組み立てやリズム型のありかた、主眼をもっぱら旋律とリズムに置き、ハーモニーはごく副次的なものとする音楽のとらえかた、諸楽器の特性的な生かしかた…――は、変わっていないと信じられる。
 名だたるスペインの中世音楽演奏グループ〈アトリウム・ムジケー〉の人びとは、例のごとく一面では存分な創意をこらしながらも(この場合、それはとくに楽器の使い方に現われている)、きわめて周到な研究と、あるひたむきな熱意をもってこの録音に向かっている。彼らの主眼は、現在北アフリカに生きている前記の伝統そのものを忠実に追うことではなく、それを唯一の確かな手がかりとして、中世アンダルシアの奏楽を現実によみがえらせることにある。」


◆本CDについて◆

グレゴリオ・パニアグワ指揮アトリウム・ムジケー古楽合奏団『アラブ=アンダルシアの音楽』。
別冊解説書(日本語)付き輸入盤CD。
原盤ブックレットに Beatriz Amo による解説(仏・英・独)。別冊解説書(全20頁)に濱田滋郎「中世のアルハンブラ宮殿に響いた調べ《アラブ=アンダルシアの音楽》」。
オリジナルLPは1977年仏ハルモニア・ムンディ。日本盤LPは1983年に『古楽幻想「アラブ=アンダルシアの音楽」』としてビクターから発売されていて、本CDの別冊解説書に掲載されている文章はそのLPのジャケ裏解説を(文中の「レコード」を「CD」に直して)再録したものです。

アトリウム・ムジケーは遊び心やケレン味があってよいです。本作などはいろんな意味で画期的でしたが、鈴音や水音なども聴かせてくれてシエスタのお伴にもってこいです。

★★★★★

 

Atrium Musicae de Madrid "Musique Arabo Andalouse"

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