幻の猫たち 改訂版

まぼろしの猫を慕いて

キャサリン・ボット 『狂乱の歌(イギリス・バロック歌曲集)』

キャサリン・ボット 『狂乱の歌(イギリス・バロック歌曲集)』
Catherine Bott 『Mad Songs』 
Purcell - Eccles - Blow 


CD: ポリドール株式会社 
POCL-1305 (1993年) 
¥3,000(税込)(税抜価格¥2,913) 

 

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帯文: 

「17世紀後半、王政復古時代のイギリスで人気を博した〝狂乱の歌〟!
古楽界の名花ボットが、その特異な世界を3世紀の歳月を経て再現!!」 


帯裏: 

「《MAD SONG》と題されたこのCDは、17世紀後半、王政復古時代のイギリスで人気があった〝狂乱の歌〟――劇の中で、精神錯乱に陥った登場人物が歌う歌、あるいは精神に異常をきたした人物を歌ったバラードなど――を集めた、きわめて珍しい録音である。この時代、ロンドン子たちの間では、ベドラムという別名で知られる精神病院へ出かけ、精神異常の入院患者たちの奇矯な行動を見物するのが行楽の一つであったという。
――佐藤章(ライナー・ノーツより)」 


1.ヘンリー・パーセル: 瘋癲のベス 4:01
Henry Purcell (1659-1695): Bess of Bedlam
Plyford, *Choice Ayres and Songs*, 1683 (harpsichord)
2.ジョン・エクルス: 去らねばならぬか、誠をつくして愛するものは 2:31
John Eccles (c. 1672-1735): Must then a faithful lover go?
Sung by Anne Bracegirdle in A. Motteux's *The Mad Lover*, 1700 (harpsichord, 2 lutes, cello)
3.ジョン・ウェルドン: 分別よ、おまえは何者なのか 4:48
John Weldon (1676-1736): Reason, what art thou?
A single song, c. 1700. Lyric by Capt. John Lawrance (organ, viol)
4.ジョン・エクルス: ああ、あの人を薪の山から静かに降ろして 3:32
John Eccles: Oh! Take him gently from the pile
A mad song, sung by Anne Bracegirdle in J. Banks' *Cyrus the Great, or The Tragedy of Love*, 1965 (harpsichord, cello)
5.気のふれたモードリン (作者不詳) 3:54
Anon.: Mad Maudlin
17th century ballad, from T. D'Urfey's *Wit and Mirth; or Pills to Purge Melancholy*, 1719-20, IV (guitar)
6.ヘンリー・パーセル: ばらの花園の木蔭から 5:59
Henry Purcell: From rosy bow'rs
A mad song, sung by Letitia Cross in T. D'Urfey's *The Comical History of Don Quixote*, III, 1965 (harpsichord, viol)
7.ジョン・エクルス: みんな陽気に、楽しくやろう 2:59
John Eccles: Let all be gay
Sung by Mrs Hodgson in A. Motteux's *The mad Lover*, 1700 (harpsichord, viol)
8.ジョン・エクルス: 思いわずらい、心乱れて 4:25
John Eccles: Restless in thought
Sung by Mrs Hodgson in *She Ventures, He Wins*, 1695 (harpsichord, viol)
9.ジョン・エクルス: わたしは燃え、脳は燃えつきて灰となる 3:44
John Eccles: I burn, my brain consumes to ashes
A mad song, sung by Anne Bracegirdle in T. D'Urfey's *The Comical History of Don Quixote*, II, 1694 (harpsichord, cello, lute [PC])
10.ゴッドフリー・フィンガー: わたしは心痛む悲しみもてみつめ 2:59
Godfrey Finger (c. 1660-1730): While I with wounding grief
Lyric by T. D'Urfey, 'A song upon Mrs Bracegirdle's acting Marcella in *Don Quixote*', 1694 (lute[PC])
11.ヘンリー・パーセル: シリウスを目印に舟を進めよう 1:33
Henry Purcell: I'll sail upon the dog-star
A mad song in T. D'Urfey's *A Fool's Preferment*, 1688 (harpsichord)
12.ダニエル・パーセル: モルペウス、汝やさしき眠りの神よ 5:23
Daniel Purcell (d. 1717): Morpheus, thou gentle god
Sung by Mrs Erwin in A. Boyer's *Achilles, or Iphegenia in Aulis*, 1699 (organ, viol)
13.ジョン・エクルス: 恋とは意志の弱さにすぎない 5:15
John Eccles: Love's but the frailty of the mind
Sung by Mrs Hodgson in W. Congreve's *The Way of the World*, 1700 (harpsichord, viol)
14.瘋癲のトム (作者不詳) 3:48
Anon.: Tom of Bedlam
Version from Playford, *Choice Ayres, Songs and Dialogues*, 1673, 'As sung in the theater' (harpsichord)
15.ヘンリー・パーセル: 永遠の御心なる恐るべき仕掛け 6:06
Henry Purcell: Let the dreadful engines of eternal will
A mad song, sung by John Bowman in T. D'Urfey's *The Comical History of Don Quixote*, I, 1694 (soprano version from 'Gresham College' autograph) (harpsichord, 2 lutes, cello)
16.ジョン・エクルス: キューピッドの不満を言うのはやめなさい 2:19
John Eccles: Cease of Cupid to complain
Sung by Anne Bracegirdle in A. Motteux's *The Mad Lover*, 1700 (2 lutes)
17.ヘンリー・パーセル: わたしの苦しみは 2:30
Henry Purcell: Not all my torments
A single song, from the 'Gresham College' autograph, c. 1693 (harpsichord)
18.ジョン・ブロウ: ライサンダーを追いかけるのは無駄なこと 5:18
John Blow (1649-1708): Lysander I pursue in vain
A mad song, from *Amphion Anglicus*, 1700 (harpsichord)


キャサリン・ボット(ソプラノ)
Catherine Bott: Soprano
デイヴィッド・ロブロウ(ハープシコード&オルガン)
David Roblou: Harpsichord, Organ
マーク・レヴィ(バス・ヴィオール)
Mark Levy: Bass Viol
アントニー・プリース(チェロ)
Anthony Pleeth: Cello
ポーラ・シャトーネフ(アーチリュート&ギター)
Paula Chateauneuf: Archlute, Guitar
トム・フィヌケーン(アーチリュート
Tom Finucane: Archlute

Recording
Producer: Peter Wadland
Engineer: Jonathan Stokes
Location: Temple Church, London
Dates: January & November 1990
Tape Editor: Timothy Bull
This recording was monitored using B & W Loudspeakers


◆本CD解説(佐藤章)より◆

「《MAD SONG》と題されたこのCDは、17世紀後半、王政復古時代のイギリスで人気があった “狂乱の歌” ――劇の中で、精神錯乱に陥った登場人物が歌う歌、あるいは精神に異常をきたした人物を歌ったバラードなど――を集めた、きわめて珍しい録音である。この時代、ロンドン子たちの間では、“Bedlam ベドラム” という別名で知られる精神病院ベツレヘム病院 Bethlehem Hospital へ出かけ、精神異常の入院患者たちの奇矯な行動を見物するのが行楽の一つであったという。」
「17世紀の舞台作品には、さまざまな状況のもとで惹き起こされた精神異常――失恋による錯乱、極度の憤怒から生じる狂気、あるいは人を欺くための偽りの発狂など――がとりあげられている。(中略)また作曲家にとっても、“狂乱の歌” あるいは “狂乱の場” は、新しい技法やイディオムを駆使して、激しい感情の起伏を表現する腕の見せどころとなった。(中略)このように狂乱を劇の構成の重要な要素としてとり入れる傾向は、19世紀初頭に至って、ベルリーニの《夢遊病の女》、ドニゼッティの《ランメルモールのルチア》《シャモニーのリンダ》などで頂点に達するが、この “狂乱の場” の流れに先鞭をつけたのは、恐らくシェイクスピアの悲劇『ハムレット』――狂気を装うハムレットに辛く当たられ、本当に正気を失ってしまったオフィーリアが歌う悲しい小唄――であった。」
「そのシェイクスピア(1564-1616)より少し若い世代に属する劇作家にフランシス・ボウモント(1584-1616)がいる。(中略)そのボウモントに『インナー・テンプルとグレイズ・インのマスク Masque of the Inner Temple and Gray's Inn』(1613)という作品があり、その中で道化役が踊る舞曲の旋律が、のちに作者不詳の歌詞をつけて、ブロードサイド・バラッドとして歌われるようになったのが、[14]瘋癲のトムである。(中略)原題の “Tom of Bedlam” は、上記の “ベツレヘム病院帰りのトム” という意味で、一般に男の精神異常者のことを指す。この録音に用いられたのは、1673年にジョン・プレイフォードが編集出版した『エア、歌曲、ダイアローグ選集 Choice Ayres, Songs and Dialogues』に採録されている版で、実際に劇場でも歌われたものという。歌詞の内容が荒唐無稽、突飛であるばかりでなく、音楽が性格を異にするいくつもの部分から成り立っている点など、王政復古時代の “狂乱の歌” の先駆けとなる曲である。
 〈瘋癲のトム〉の女性版とも言えるのが、[5]気のふれたモードリンとパーセルの[1]瘋癲のベスである。〈気のふれたモードリン(マグダレーン)〉は作者不詳の17世紀のバラッドで、トマス・ダーフィ(1653-1723)の『機知と笑い、憂鬱を追い払う薬 Wit and Mirth, or Pills to Purge Melancholy』の第4巻に収められている。」


◆本CDについて◆

ブックレット(全32頁)に日本語解説(佐藤章)と「演奏者について」(佐藤章)、歌詞対訳(佐藤章 訳)、写真図版(モノクロ)1点。

古楽CDベスト5」を選ぶとしたら必ず入れるのがこの『狂乱の歌』ですが、それもひとえに「気のふれたモードリン」が収録されているからです。
中学生のときに英語で「Every Jack has his Jill」というのを習って、「どうも自分にはジルはいないようだな」とおもっていたところ、スティーライ・スパンの「Boys of Bedlam」(「Mad Maudlin」の別ヴァージョン)をきいて、「Tom of Bedlam には Mad Maudlin がいるのだな」と感銘をおぼえました。ちなみにそのころの愛読書はいわずと知れた『ドグラマグラ』でした。それ以来、「気のふれたモードリン(ボーイズ・オブ・ベドラム)」は私にとっては「人生の応援歌」になったのでした。

★★★★★


Mad Maudlin

youtu.be

「瘋癲のトムを探すために
わたしは1万年でも旅をつづける。
気のふれたモードリンは
靴を砂利から守るために汚れた裸足(はだし)で歩く。

それでもわたしはすてきな男の子を称える。
少々頭のいかれたすてきな男の子、
瘋癲の男の子はすてきだ。
彼らはいつも裸で、
霞を食って生き、
酒も金も欲しがらない。」

「わたしの杖は巨人をも殺した。
わたしの袋には、妖精に食べさせるミンス・パイを
子供の太股から切り取るための
長い包丁が潜ませてある。」

「ある朝、わたしは食べものをもらいに
プルートーンの台所へ行き、
そこで金串に刺して回っている
熱々(あつあつ)の魂を手に入れた。」

「稲妻のように激しい気持が
この旅でわたしを導いた。
わたしを見かけるとたちどころに
太陽は震え、蒼白い月はおののいた。」

「一晩中わたしたちは眠り、星と戦う。
喧嘩こそわたしには似つかわしいだろう。」

「そして月面の男を
粉々になるまで打ちのめした時、
わたしは彼の犬をつかまえ、
悪魔にもできないほど大声で吠えさせる。」


Tom of Bedlam

youtu.be

「暗く、不気味な独居房から、
あるいは地獄の深い奈落の底から、
気のふれたトムは
再びこの世を眺め、
調子の狂った彼の脳を
直せるかどうか確かめにやってきた。
恐れと不安が彼の心に重くのしかかる。」

「わたしは世界中を
昼も夜もさまよい、
錯乱した意識を取り戻そうとする。」

 

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