幻の猫たち 改訂版

まぼろしの猫を慕いて

『バリ/アビアン・カパスのゴン・クビャール』

『バリ/アビアン・カパスのゴン・クビャール』
Bali / Gamelan Gong Kebyar of "Eka Cita", Abian Kapas Kaja
ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー 12


CD: キング・レコード
KICW 85020 (2008年)
定価1,800円(税抜価格1,714円)

 

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1.タブ・クレアシ "パクシ・ングラヤン" (作曲: イ・コマン・アスティタ)(1990) Tabuh Kerasi, "Paksi Ngelayang" (composed by I Komang Astita) (1990) 12:36
2.ゴン・ルラン・バタン・タブ・パット "タパ・タンギス" (作曲: イ・ワヤン・ブラタ)(1990) Gong Lemambatan Tabuh Pat, "Tapa Tangis" (composed by I Wayan Beratha) (1990) 22:34
3.バリス・グデ "バンドランガン" (作曲: イ・ワヤン・ブラタ)(1990) Baris Gede "Bandrangan" (composed by I Wayan Beratha) (1990) 15:19
4.レゴン・クラトン "スプラバ・ドゥタ" (作曲: イ・ワヤン・シンティ)(1990) Legong Keraton "Supraba Duta" (composed by I Wayan Sinti) (1990) 21:46


演奏: "エカ・チタ" 青年団(バンジャール・アビアン・カパス・カジャ)
録音: 1990年12月6日デンパサール


Producer: Hoshikawa Kyoji
Engineer: Takanami Hatsuro
Assistant engineer: Naruoka Akira (SCI)
Photographer: Furuya Hitoshi
Special arrangement: Minagawa Koichi
Cover Design: mitografico
Cover Photo: バリ島プマデ(古屋均撮影)


帯文:

「バリのコンテンポラリー・ガムラン、ゴン・クビャールの最高傑作を
生み出したグループ、アビアン・カパスの最も脂の乗り切った演奏。」


帯裏:

「バリで最も人気のあるガムランといえばゴン・クビャール。強烈な響きとスピード感がバリ人、特に若人の心を捉えて放さないのでしょう。コンペティションで常にトップクラスを占めるクビャールのスタジオ・ミュージシャン集団アビアン・カパス。スタイリッシュな音造りはまさにアーバン・ガムランです。」
「★1999年発表のKICW-1006と同内容です。」


◆本CD「解説」(皆川厚一)より◆

「“エカ・チタ” 青年団は1990年度の全バリ島ゴン・クビャール・フェスティバルにおけるバドゥン島(デンパサール地方)の代表グループである。」
「このCDはその1990年度の演奏曲を収録したものである。
 “エカ・チタ” はアビアン・カパス・カジャというバンジャール(集落)の青年団である。」
「“エカ・チタ” が本格的にガムランを始めたのは1985年からだ。この年の8月、村のお寺で数十年に一度の合同葬儀があり、その儀式の為にゴン・クビャールの他にアンクルンという葬儀用のガムランが別に必要になった。ゴン・クビャールは既に熟年者のグループがあったので、新たにアンクルンのグループが当時中学生から大学生までの “エカ・チタ” の青年たちで結成された。」
「その後アビアン・カパスのグループは見事に世代交代を果たし、クビャールの演奏ではかつての年寄りたちを上回る実力を身につけてきた。その結果1989年に一度バドゥン代表に選ばれたがそのときはメンバーの多くが大学の試験や就職の時期にあり資格を辞退した。そして翌年再び代表に選ばれ今度は村をあげてこのフェスティバルに参加することになった。」
「使用しているゴン・クビャールはグループの指導者であるイ・ワヤン・ブラタ氏が1968年にクルンクンから鍛冶屋を呼び、自宅の庭に炉を作って村の年寄りたちと共に制作したものだ。」

「タブ・クレアシ “パクシ・ングラヤン”」
「この曲は前述の全バリ・ゴン・クビャール大会(1990年度)の際、“エカ・チタ” 青年団の為に作曲された創作曲で、大会ではこのほかに伝統的儀礼曲、古典舞踊、創作舞踊、故事に取材した創作演劇などが課題ジャンルとして課せられる。古典と創作のバランス、伝統的な形式にのっとって常に新しい創造を繰り返すという姿勢はバリの芸能が衰えず現代に生きている所以の一つであろう。題名中のパクシとは鳥、ングラヤンは飛翔を意味する。」
「ゴン・ルラン・バタン・タブ・パット “タパ・タンギス”」
「ゴン・ルラン・バタンとは元来ゴン・グデ(ゴン・クビャールの直接の先祖にあたる儀式用の大編成ガムラン)のレパートリーである。」
「ゴン・クビャール・フェスティバルでは必ず第一曲目にこのタブ・パットの形式にのっとったルラン・バタンの新曲を演奏することが定められている。これは伝統的な形式を守りつつその中でどれだけ自由な新しい試みが出来るかを問う課題曲だ。」
「バリス・グデ “バンドランガン”」
「バリス・グデは槍を持った複数の男性によって隊列を組んで踊られる儀式舞踊である。(中略)この曲も1990年のゴン・クビャール・フェスティバルの為に新たに作曲された、やはり伝統形式にのっとった新作である。」
「レゴン・クラトン “スプラバ・ドゥタ”」
「この曲は伝統的な宮廷舞踊レゴン・クラトンのスタイルによる新作舞踊である。(中略)作曲者のイ・ワヤン・シンティは有名なビノーのスマル・プグリンガンの指導者で音楽高校(SMKI)の教諭である。」
「物語はマハバーラタのなかの有名な逸話 “アルジュナ・ウィワハ” “Arjuna Wiwaha” から採られている。パンダワ一族の英雄アルジュナ王子はシヴァ Siwa から授かった超能力の矢パソパティによって、神々の世界をおびやかす悪鬼ニワタカウチャを倒さんとする。しかしニワカタウチャは不死身でありその弱点は誰も知らない。アルジュナは一計を案じ、自らの愛人で天女のスプラバをスパイとしてニワタカウチャの宮殿に送り込む。そうとは知らぬニワタカウチャはかねてより恋愛慕していたスプラバが自ら従順の態度を示したのに気を許し寝物語に自分の急所は舌と下顎の間にあることを思わず漏らしてしまう。物陰に潜んでいたアルジュナはそれを聞くや否やその場に踊り出てニワタカウチャの舌下にパソパティを見事に撃ち込みこの悪鬼を倒す。この物語はジュル・タンダッと呼ばれる丈夫によって歌うように語られる。」


◆本CDについて&感想◆

ブックレットに日本語および英語解説、写真図版(モノクロ)2点、「ザ・ワールド・ルーツ・ミュージック・ライブラリー」CDリスト。ブックレット裏表紙に写真図版(カラー)1点。
本作は、旧「ワールド・ミュージック・ライブラリー」シリーズでは『炸裂のゴング~バリ・アビアン・カパスのゴン・クビャール』(KICC 5154、1992年)として、1999年のシリーズでは『バリのガムラン――炸裂のゴン・クビヤール』(KICW 1006)としてリリースされていたものと同一内容です。

オビのアオリ文に「クビャールのスタジオ・ミュージシャン集団」とか「スタイリッシュな」「アーバン・ガムラン」などとあるので、古風な民族音楽を愛好する者としてはちょっと引いてしまいますが、解説を読むと村のお年寄りに技を叩き込まれた純朴な青年たちのようです。しかし試験や就職の方が大事だからフェスティバルを辞退するなどというあたりは現代日本の優等生と似たり寄ったりのメンタリティで引いてしまいます。そんなことで大丈夫なのでしょうか。しかも演奏曲目は全て新作です。
新作の、しかも10~20分の大曲をこれだけ完璧に演奏する能力はまさにスタジオ・ミュージシャン並みですが、完璧ゆえに民族音楽に本来必要不可欠なカオスが排除されてしまう、というか、地霊のむせび泣きのようなスリン(笛)の音塊の持つおどろおどろしさも、衛生無害化されパッケージ化されて、コンペティション的な秩序空間の中に取り込まれてしまいそうです。あたかも現代日本で妖怪がキャラクター化され商品化され、人畜無害化されてしまったようにです。妖怪は日常世界の秩序を破壊せねばならず、スリンはゴン・クビャールのテクニカル空間に異界への通路を穿たねばならないです。がんばれスリン。

★★★☆☆


Baris gede "Bandrangan"

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